軽減税率という厄介者について税理士が考えていること

軽減税率という税理士界の厄介者

こんにちは!石川県庁から車で5分の税理士事務所 たまの会計の玉野敦朗です!

今日は、軽減税率ってほんとに必要なの?というお話をしたいと思います。

令和4年10月1日で日本に軽減税率が導入されてから丸3年となりますが軽減税率導入を歓迎している税理士は少数派だと思います。

その理由は会計処理の手間が増加することです。例えば、食料品を購入し同時にレジ袋を購入した場合、レシートには軽減税率が適用された金額と標準税率が適用された金額が記載されますので、税理士事務所で会計処理する際には、軽減税率が適用される金額と標準税率が適用される金額をそれぞれ別に仕訳を起票することになります。

また、こうした卑近な例とは別に政策的に妥当なものかという観点から見ると、日本税理士会連合会が公表している「税制改正に関する建議書」も軽減税率の妥当性を検討する上で参考になります。

日本税理士会連合会というものについて説明すると、すべての税理士が所属している税理士会というところがありまして、そこの親玉的な組織と考えてもらえればいいかと思います。ここが毎年度「税制改正に関する建議書」という文書を発表しています。これは日本政府に対して税制改正に際しての税理士側の要望を伝えるものなんですが、軽減税率については、令和3年度から令和5年度に至るまで消費税の要望項目として真っ先に「軽減税率制度の廃止」を挙げています。引用しますね。

消費税の軽減税率制度は、区分経理等により事業者の事務負担が増加すること、低所得者へ の逆進性対策としては非効率であること、「社会保障と税の一体改革」という当初の目的から乖 離して歳入を毀損し、その補填のため標準税率のさらなる引上げや社会保障給付の抑制が必要 となること等の理由から、早期の見直しを図り単一税率制度に戻すべきである。消費税の逆進 性の緩和対策としては、必ずしも消費税の枠内で解消する必要はなく、社会保障給付など税制 のみならず給付面を含めた、税制・社会保障制度全体の中で解決することが適切である。

要するに日本税理士会連合会としては、「事業者の事務負担の増加」、「低所得者への逆進性対策としては非効率」、「社会保障と税の一体改革という当初の目的から乖離していること」の3つを理由に軽減税率制度の廃止を提案しているわけです。

まず、「事業者の事務負担の増加」についてですが、これは最初に申し上げた会計処理の手間の増加ですね。次に「低所得者の逆進性対策としては非効率」という話ですが、今日はこの点について詳しく見ていきたいと思います。

軽減税率が導入された目的は低所得者対策

財務省の資料を見ると軽減税率導入の目的として「低所得者対策」を挙げています。

参考

https://www.mof.go.jp/tax_information/qanda023.html

なぜ、軽減税率が低所得者対策になるのかというと、エンゲルの法則という考え方にもとづいています。

エンゲルの法則とは所得の上昇するにつれて支出全体にしめる食料費の割合が低下するという経験則のことです。一般的にはエンゲル係数のほうが知られてますね。

要するに、所得が低ければ低いほど支出に占める食料品の割合が上昇するので、消費税の増税により低所得者の負担が増加するので、食料品ついては軽減税率を適用し、負担の増加を抑えようということです。

だた、日本の所得別のエンゲル係数って実際のところどの程度のものなのか誰も知りませんよね?そこで、総務省統計局が公表している家計調査をもとに調べてみました。

その結果がこちらです。

実際のエンゲル係数は?

所得別エンゲル係数総世帯・平均総世帯の年間収入五分位階級1
(~\2,330,000)
総世帯の年間収入五分位階級2
(\2,330,000~\3,540,000)
総世帯の年間収入五分位階級3
(\3,540,000~\5,060,000)
総世帯の年間収入五分位階級4
(\5,060,000~\7,400,000)
総世帯の年間収入五分位階級5
(\7,400,000~)
消費支出2,821,4421,534,4562,195,4672,732,0473,163,1554,482,086
食料品(酒類・外食除く)635,864404,178556,013656,662698,039864,429
エンゲル係数22.5%26.3%25.3%24.0%22.1%19.3%
軽減税率適用による軽減額
11,7757,48510,29712,16012,92716,008

まずエンゲル係数を見てみると、所得の最下層と最上層のエンゲル係数の差は7%とそれなりに大きいことが分かります。これだけ見ると軽減税率制度も妥当なもののように見えますが、一方で実際の食料品の消費額を見ると最上層が最下層の倍以上を支出していることが分かります。さらに軽減税率により軽減された金額を見ると最下層では7,485円程度の恩恵ですが、最上位層では16,008円と倍以上の恩恵を受けています。

これは考えてみれば当然の話で、高所得者は、低所得者に比べると同じ品目の食料品でも高級品を購入しますし、それに伴い食料品の支出額も増加します。軽減税率制度は購入者の所得や購入品が高級品であるかどうかを問わず適用されるので、当然、高所得であればあるほどその恩恵も大きくなります。

どうでしょう?軽減税率制度って低所得者対策になっていますかね?金額だけを見ればむしろ高所得者優遇政策なのでは?と思ってしまうのは私だけは無いと思います。

複数税率の問題点

そもそも論として、こうした物品の種類よって異なる税率を適用することの問題点もあります。

もともと日本には物品税というものがありました。特定の物品について課税するものですが、これが、コーヒーには課税するけど紅茶には課税しないとか、ゴルフ用具には課税するけどテニス用具には課税しないとった代物でした。一律の税率で課税する消費税という制度を導入したのは、この物品税の反省もあったわけです。

物品税のように個別に税率を設定すると様々な問題が生じます。

一つは価格体系を歪みです。税率の高低により課税を逃れるための商品が作られます。分かりやすい例が発泡酒です。一時期、様々なメーカーから発泡酒が発売されましたが、その主な理由はビールと比較して発泡酒の酒税が低く、販売価格を抑えられることでした。そこでメーカーは麦芽使用比率が25%未満でも美味しい発泡酒の開発に勤しんだわけですが、これって正しい経営努力でしょうか?本来の経営努力は美味しいビールを開発することなのに、発泡酒に低い税率を設定したことによって、各メーカーがそこに商品開発資源を注いでしまったわけです。ちなみに酒税の改正によって2026年10月には麦芽使用比率に関わらず、ビールと同一の税率が適用されることとなるので、発泡酒の価格面での優位性は無くなります。

もう一つが各業界の陳情合戦がはじまることです。自分の業界に低い税率を適用してほしいというのが人情なので、政治家、官僚の意思決定を歪めかねません。

終わりに

このように税率に高低差をつけることは、一般的には良くないことなんですが、なぜか軽減税率制度に関しては政策として実現してしまいました。結局は消費税率の引き上げに際して、全国民に多少の差はあれ恩恵がある軽減税率制度を導入することで少しでも痛税感を小さくしたいということでしょう。

低所得者対策としての効果は薄い軽減税率制度、全国民が恩恵を受けていることは間違いないので廃止することも難しい軽減税率制度、そして増加した事務コストを負担する事業者と税理士事務所。・・・なんか悲しくなってきたので、今日はこんな感じで終わります。お読みいただきありがとうございました!