税法ってこんなに面倒なものなんですよというお話

はじめに

こんにちは!石川県庁から車で5分の税理士事務所 たまの会計の玉野敦朗です!

今日は税法がどれだけ面倒くさいかというお話をしたいと思います。

テーマは「住所」です。住所?住所の何が面倒なの?と思われるかもしれませんが、「住所」という馴染みのある言葉ひとつにも税法上、様々な議論があるのです。

まず税法上、国内に住所を有しているのか、有していないのかという点で、納税義務に大きな影響があります。

所得税では納税義務者について「居住者は、この法律により、所得税を納める義務がある。」と定めています。

さらに居住者について「国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて一年以上居所を有する個人をいう。」と定義しており、ここに「住所」という言葉がでてきます。

居住者はさらに非永住者以外の居住者と非永住者に分類されます。両者の違いは所得税を納税すべき対象となる所得の範囲です。

居住者に対して非居住者という言葉もありまして、これはそのまま居住者以外の個人を指します。

非永住者以外の居住者、つまり大多数の日本人は全ての所得が課税所得の範囲に含まれるものとされています。要するに日本で稼いだお金も海外で稼いだお金もすべて日本の所得税が課せられるということです。

それに対して非居住者は国外源泉所得、つまり日本の国外で稼いだお金については課税されないこととなっています。

これでどのような問題が起こるのか?ちょっと裁判になった例を紹介したいと思います。

裁判になった例

東京地裁令和元年5月30日判決なんですが、概要としては日本国籍の男性Xさんという方がいて、その方が日本に4社、アメリカとインドネシア、シンガポール、中国にそれぞれ1社ずつ会社を持っていたんですね。めちゃくちゃバイタリティのある方ですね。

で、この方、自分は非居住者、つまり国内に住所を有しておらず、現在まで一年以上日本で暮らしてもいないということで、確定申告していなかったんですね。

それに待ったをかけたのが税務署側で、あなた日本に住所があるでしょ?居住者ですよね?申告しなさいよ、ということになり裁判に発展しました。

税務署側の指摘でXさんらが納付した金額なんですが、これがなかなかの金額です。まず、Xさん個人で見ると、平成21年から平成24年分の所得税で1,573万円、さらにそれが無申告であったということで課された無申告加算税が304万円です。

さらにXさんが代表取締役を務め、Xさんに役員報酬を支給していた会社2社について、源泉徴収漏れの指摘があり、それを受けて納付した金額が2社合わせて2,398万円、さらにこれらの源泉徴収漏れに関して課された不納付加算税が237万円でした。

すべて合計すると4,512万円、金沢だったら家一軒が余裕で建ちますね。

結論を先に言ってしまうと、裁判ではXさんは非居住者と判断され、4,512万円はすべてXさんらに返金されました。

非居住者か否かによって4,512万円が返金されるか否かが決まったわけです。

税法上の住所の意味は?

このように住所をどのように理解するかによって天と地ほどの違いが出てくる場合があるわけですが、では具体的に税法上、「住所」はどのように理解されているのでしょうか?次はこの点を見ていきたいと思います。

実は税法では「住所」について定義されていません。借用概念といって、他の法律の住所の定義を借りてきています。その他の法律というのは民法です。

民法の第22条では住所について「各人の生活の本拠をその者の住所とする。」と規定しています。つまり住所=生活の本拠ということですが、じゃあ生活の本拠って何?っていう話になるんですが、これについて判断基準を示した有名な判例として武富士事件というのがあります。そうです、ある年代以上の方ならよくご存知のダンサーのCMでお馴染みのあの武富士です。

この武富士事件で、最高裁は生活の本拠について「その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すもの」で「客観的に生活の本拠たる実態を具備しているか否かにより決するべきもの」としています。・・・正直、まだまだ抽象的で意味が分からないですよね。

客観的に生活の本拠たる実態を具備しているか否かをどのように判断するのか。具体的には「滞在日数」、「住居」、「職業」、「生計を一にする配偶者その他の親族の居所」、「資産の所在等」を総合的に考慮して判断することとなります。

ここまでの内容をまとめると「住所」とは「生活の本拠」をいい、「生活の本拠」とは「その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心」で、「客観的に生活の本拠たる実態を具備しているか否か」により判断されるもので、具体的な判断基準として「滞在日数」、「住居」、「職業」、「生計を一にする配偶者その他の親族の居所」、「資産の所在等」を考慮して判断するということになります。

もうこの時点で面倒くさいですが、もう少しお付き合いください。

判断基準は分かりましたが、では実際にどのようにその判断基準に事実関係を当てはめて判断するのか。この点についてもXさんの事例をもとに見ていきたいと思います。

Xさんの滞在日数

まずは滞在日数についてです。Xさんは平成21年から平成24年までこんな感じで日本と諸外国に滞在されていました。

 平成21年平成22年平成23年平成24年
日本93日105日83日128日
米国97日87日104日75日
シンガポール82日70日80日68日
インドネシア30日32日30日36日
中国56日43日40日33日
その他7日28日28日36日
合計365日365日365日366日

見てわかる通り全世界を飛び回っていらっしゃったわけですが、平成21年から平成24年までの日本での滞在日数の割合は大体27.9%ほどだったようです。

みなさんはどのような感想をお持ちになりますか?正直私としてはこの滞在日数だけを見ると日本に住んでいるとはいえないかなーという印象ですね。

Xさんはご自分の住所についてシンガポールにあるという主張されていたんですが、この点について判決では、シンガポールでの滞在日数は日本での滞在日数を下回っているものの、4年間を通してみると大きな差はないとしています。そしてそれに加えてインドネシアや中国、その他の国へ渡航する際にシンガポールから出航していることを踏まえて、Xさんの日本とシンガポールの滞在日数を比較してXさんの住所が日本であると主張することには無理があると判断しています。

ちなみに税務署側はXさんが日本に滞在していない月は無いのに他の国では1ヶ月間まったく滞在していない月がると指摘しましたが、判決ではシンガポールに滞在していない月は1ヶ月だけである一方で、日本に滞在した日数が1日、2日だけという月もあることを上げて退けています。

Xさんの職業

Xさんは前に言った通り日本と海外にある各社の代表取締役であったわけですが、もともと日本の会社はXさんのお父さんが創業し、Xさんはお父さんの反対を押し切って事業の海外展開のために海外に会社を作ったという経緯があり、海外事業に関してはXさんがすべて判断しており、日本国内のお父さんが創業した会社についてはXさんの弟さんが経営判断を行っていたようです。

判決ではこの点を踏まえて、Xさんが主に海外にある会社の営業活動や工場の管理のために外国に滞在していることを挙げ、Xさんの職業活動はシンガポールを拠点に行われていると判断しました。

Xさんの親族の居所

Xさんのご家族は奥さんと次女のお二人で、日本に居住されていたようです。これだけ見るとXさんの家族が住んでいる家、つまり日本国内に住所があるのではとも思えますが、判決ではXさんの「シンガポールに家族で移住しても、自分が不在になることが多く、妻らの生活やこの教育上の配慮から家族は日本に住み続けることになった。」という主張を取り上げて、家族が日本に居住しているからといってXさんの住所が日本国内にあるとは積極的にはいえないとしました。

Xさんの資産の所在

Xさんの資産の所在に関して判決では、Xさんが主に日本国内に資産を所有していることは認めつつ、シンガポールにも当面の生活のための資金として1,700万円以上の預貯金があったこと、そもそも家族を日本に残して海外に赴任する者の行動として、日本の預貯金等の資産を海外に移転しないことは特に不自然なことではないとして、資産の所在という面においてもXさんの住所が日本国内にあったとは言えないとしました。

以上、ここまで見てきた通り、裁判所の判断では、Xさんの住所は日本国内にあるとは認めらないということになり、Xさんは無事、納めた税金4,512万円を取り戻すことができました。

最後に

Xさんの例ではXさんの職業面を見て、Xさんの住所つまり生活の本拠はシンガポールにあると判断していますが、だからといって職業面で主に海外に居住しているから日本に住所はないといえるかというとこれは難しいかなと思います。この事例では他の「滞在日数」や「親族の居所」、「資産の所在」について「生活の本拠が日本国内にあったことを積極的に基礎付けるものではない。」とされているだけなので、あくまでXさんの例ではXさんの職業を主に見て判断しているということになります。

税法上の判断の多くは総合的な判断になるので、ある一つの事柄を取り上げて判断することはかなり難しいです。

以上となります。「住所」という馴染みのある言葉にも細かい定義や解釈があること、その判断によって納める税金の金額が大きく変わることなど、税法の面倒臭さ、ややこしさの一端を感じてもらえたならうれしいです。

今日のお話はこんな感じです。お読みいただきありがとうございました!